クラウス・プリングスハイム

12月7日没
1883年7月24日~1972年12月7日

クラウス・プリングスハイム

クラウス・プリングスハイム

戦前の日本で教育者として大きな影響を与えた人物です。48歳の時に東京音楽学校(現・東京芸術大学)に着任、作曲部を創設しました。マーラー仕込みの作曲技法に弟子たちは感嘆したといわれます。弟子には指揮者では金子登、山田一雄、歌手では柴田睦陸、長門美保、作曲家では安部幸明、平井康三郎ら、日本の音楽界を支えた人たちがいます。
双子の妹は文豪トーマス・マンの妻、自身も世界情勢に翻弄されますが、最終的には日本に永住しました。学生に対する指導は非常に厳しかったようですが、それも音楽と教育に対する愛情のたまものだったようです。晩年は武蔵野音楽大学で教鞭を執りました。

残念ながら作品の映像は見つかりませんでした。

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