3月7日生
1875年3月7日~1937年12月28日
モーリス・ラヴェル
音楽好きの父の影響でピアノをはじめ、14歳でパリ音楽院に入学しました。2年ほど間は空いていますが、計14年にわたって在籍している間、5回にわたってローマ大賞に応募しますが、結局いずれも失敗します。これが事件へと発展します。
すでに作品を発表しラヴェルの名は知られていました。5回目の挑戦では予選落ちという納得のいかない結果となり、師であるフォーレなどが抗議しました。その結果、音楽院の構造的な腐敗が明らかになり、フォーレが院長となり改革を進めていきます。
それでは「亡き王女のパヴァーヌ」を聴いてみましょう。