6月1日生(生誕210年)
1804年6月1日~1857年2月15日
ミハイル・グリンカ
ロシアの宮廷ではフランス語が使われ、音楽家もパリやウィーンなどから招聘していました。文化水準は非常に高かったのですが、西欧からの直輸入だったのです。グリンカはイタリアやドイツなどの国外で勉強するうちに、ロシア的なものを模索していくのでした。
貴族の家系に生まれたグリンカは音楽をはじめ、様々な文化を身につけていきました。音楽に関してはプライベートレッスン程度だったようですが、プーシキンら文豪をはじめとする芸術家との交流が、後にロシア的なものを触発されたのでしょう。
それでは歌劇「皇帝に捧げた命」序曲を聴いてみましょう。