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心に届く音楽心理講座

音楽の記憶は感情を一瞬で呼び起こす

音や音楽は私たちに多くの影響を与えているが、「記憶を呼び戻す」ことはその中でもことさらパワーが強い。

例えば、こんな場面を想像してほしい。
あなたは久しぶりに部屋の掃除をしていると学生時代の写真が大量に出てきた。そこに写っているのは、当時付き合っていた恋人たち。いや、「たち」というのは微妙な空気が流れそうなので、ひとまず「恋人」にしておこう。その写真を見てあなたは当時を思い出して、キュンとしたり、甘酸っぱい気持ちになったり、それはそれはいろいろな感情が生まれてくると思う。もしかしたら、ニタニタしながら何時間もその思い出に浸ったりするかもしれない(でもフェイスブックで決して過去の恋人を検索してはいけない)。

では、見つかったのが写真ではなく、恋人の声が入ったテープだったとしたらどうだろうか(テープって古いだろ、と思われたあなた、音声ファイルでは「感じ」が出ないではないか)。その音声の入ったテープを再生すると、当時の恋人の声が耳元で聴こえてくる。それはあまりにも生々しくて、写真を見たときのフワーっとした感情の変化に比べて、非常に強烈なはずだ。もしかしたら、思い出の如何によっては途中で再生を止めてしまうかもしれない。その時代に突如タイムスリップした感覚にとらわれるだろう。音というのはそれだけ人間の記憶との結びつきが強いのだ。

脳科学的に言えば、聴覚からの刺激はいわゆる古い脳である大脳辺縁系に伝わることが分かっており、扁桃体や記憶を司る海馬への刺激も多く含まれる。つまり、そのときに聴いた音や音楽はその場の空気や感情までも包んでおり、それらを含めて記憶として定着させる。
音楽を聴くと、当時の思い出が一瞬にしてよみがえるという現象はこういった人間の脳の特性でもあるのだ。毎日たくさんの音楽を聴いている人も多いと思うが、この人間の特性を利用して音楽から快の感情を生み出だして、前向きな気持ちを作ってみようというのが今日の本題である。

決して昔の彼女の声に浸るのではなく、「最高の過去の思い出と結びついている音楽を聴く」ということを実践して快の感情を作ってみよう。潜在意識が過去や未来を意識できないように、音楽は一瞬にして心を楽しい瞬間まで連れて行ってくれる。当時の出来事を思い出しても、現在の感情まで直接的に左右されないと思うかもしれないが、まったくそんなことはなく、現在起こっていることと同じように感情の変化が起きる。

例えば、昔の「嫌な」ことを思い出したら、今この瞬間だってちゃんとストレスを感じるし、その瞬間にホルモンの分泌に変化が起こって、現実に身体に変化が起こる。昨日、犬のうんちを踏んだことも、カメムシの臭いを嗅いでしまったことも、つい思い出してしまったらアウトなのだ。その感情が昔のことだろうと、今起きていることであろうと、人間は感じた感情に身体が良くも悪くも反応してしまう。そうであるなら、子どもの頃楽しく遊んだ思い出や、学校のクラブ活動で汗を流してがんばっていた思い出、恋をしてワクワクしていた思い出、また仕事でバリバリと情熱的にがんばっていた思い出など快の感情を生み出してくれる出来事をその頃に聴いていた音楽を聴いて心をワープさせてみてはどうだろう。
当時感じた感動や幸せな気持ちは、時を超えて現在の脳で感じることになる。過去の出来事は音楽を通じで、あたかも現在に起きているのと同じ状態になり、脳にも同じ現象が起きているのだ。つまり、そのときに感動し快楽ホルモンが分泌されて幸せを感じていたのと同じことが再現されるということ。時間を忘れて、その頃の楽しい時間が脳に再生されどっぷりと浸かっていく。これは人間だけに許された、幸せな時間なのだ。

私は中学校の頃、あることを堺に突然ピアノの練習に取り組むようになったのだが、その理由は友人が弾く感動的なシューベルトを聴いたから。あまりの衝撃にロックだのJ-POPを聴いていた中学生がいきなりシューベルトの即興曲のCDを買ってしまったのだ。なけなしの小遣いで、クラシックのCDを買ってしまったという衝撃は今でもはっきりと覚えているのだが、そのCDを聴くとなぜか今でも音楽に没頭する自分を思い出し、奮い立たせてくれる。シューベルトの即興曲自体にそのような効果があるかどうかは別として、過去の経験がそれを感じされてくれるのである。
シューベルトを聴くとなぜか懐かしさとやる気が満ちあふれてくる。仕事や人間関係で行き詰まったり、将来に不安を抱えていた頃には隣にいつもシューベルトがあって、演奏したり聴いたりすることで不安や悩みは吹き飛び、自分でも不思議なくらい聴く前とは別人になる。私にとってシューベルトは最強のカンフル剤となっている。一応断っておくと、そのシューベルトを弾いていた友人は、当時隣に座っていたおそらく好きだったであろう憧れの女の子だったかどうかまったく記憶がございません。

音楽には時間を超えて感動を与えてくれる力があり、そのお陰で私たちは困難な状況にも気持ちをセルフコントールし乗り越えることができる。単純に好きな音楽を聴くことはもちろんすばらしいことだが、それに加えて良い思い出と結びついている音楽を久しぶりに奥から引っ張り出してきて聴いてみてはいかがだろうか。音楽の持つ「時間を自由に移動し、当時の感情を感じることができる」という効果を存分に味わってもらいたい。