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今日の作曲家

06/10

ヘンリク・ヴィエニャフスキ

華麗で超絶技巧を要するヴァイオリンのための作品で知られています。ポーランド出身ですが9歳でパリ音楽院に入学します。

06/09

オットー・ニコライ

現在のウィーン・フィルを組織した人です。ニコライは宮廷歌劇場の楽長を務めていました。ウィーン・フィルは世界のオーケストラでもトップレベルの人気を誇っています。

06/09

カール・ニールセン

デンマークのもっとも知られた作曲家です。北欧の作曲家では有名なシベリウスと同い年です。

06/09

山田耕筰

日本でオーケストラを根付かせようと奮闘しました。東京音楽学校(現東京芸大)卒業後、ベルリンに留学してブルッフに師事します。

06/08

トマゾ・アルビノーニ

ネットで検索すると「アルビノーニのアダージョ」ばかりが出てきますが、これはアルビノーニの作ではありません。注意しましょう。

06/08

ロベルト・シューマン

指の故障でピアニストをあきらめたシューマンは作曲家、音楽評論家として自立を目指します。当初はピアノ曲ばかりを作っていました。

06/08

エルヴィン・シュルホフ

プラハでドイツ系のユダヤ人の家庭に生まれました。10歳でプラハ音楽院に入学。まもなくウィーンに移り、ピアノの厳しいレッスンを受けました。

06/07

フランツ・クサーヴァー・グルーバー

有名なクリスマス・キャロル「きよしこの夜」の作曲者です。オーストリアで小学校の教師や教会でオルガン奏者をしていました。

06/06

アラム・ハチャトゥリアン

正式な音楽教育を受けるのが遅く、最初はモスクワのグネーシン音楽院で学びます。そしてモスクワ音楽院に入学するのが26歳です。

06/05

カール・マリア・フォン・ヴェーバー

30歳でドレスデンの宮廷劇場の楽長に就任しました。ここはイタリア・オペラが盛んで(ウィーンも同じ)したが、ヴェーバーはドイツ・オペラを定着させました。

06/04

セルゲイ・クーセヴィツキー

ロシアからアメリカに亡命し、長らくボストン交響楽団の常任指揮者を務めました。元々はコントラバスの名手として名を馳せていました。

06/03

ヨハン・シュトラウス2世

ウィンナ・ワルツ王ですが、後半生にはオペレッタなど、舞台作品も手がけています。これはオッフェンバックの勧めによるようです。

06/03

ジョルジュ・ビゼー

リストが賞賛するピアノの名手であり、ローマ大賞を19歳で受賞する天才でした。しかし、ビゼーが目指すのはオペラ作曲家であり、ピアニストではなかったのです。

06/02

エドワード・エルガー

父親が楽器商を営み、幼少時からヴァイオリンやピアノに親しむも、正規の音楽教育を受けられず、作曲はほぼ独学で身につけました。

06/01

ミハイル・グリンカ

ロシアの宮廷ではフランス語が使われ、音楽家もパリやウィーンなどから招聘していました。文化水準は非常に高かったのですが、西欧からの直輸入だったのです。

05/31

伊福部昭

映画「ゴジラ」の音楽で知られる伊福部は生誕100年を迎えました。北海道釧路で生まれ、中学時代に独学でヴァイオリンを始めました。

05/31

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

30年にもわたるエステルハージ家での楽長の忙しい仕事から解放されると、ハイドンは自由に行動できるようになりました。

05/31

マラン・マレー

バロック期のフランス人作曲家、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。貧しい靴職人の家庭に生まれましたが、楽才があり教会の聖歌隊に入ることができました。

05/29

イサーク・アルベニス

スペインのカタルーニャ地方で生まれ、マドリッド音楽院で学びました。その間、12歳の時には中南米まで放浪し、ライプツィヒ音楽院でライネッケなどに、さらにブリュッセル音楽院でも学びます。

05/29

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト

「モーツァルトの再来」と評される神童でした。9歳でマーラーに絶賛され、11歳で皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の御前演奏をし、14歳のときには大指揮者ニキシュから曲を委嘱されました。

05/29

ヨセフ・スク

ドヴォルザークの弟子にして娘婿です。弦楽四重奏団を結成し、ヴァイオリンを担当しました。後に母校であるプラハ音楽院でマルティヌーなどを教えています。

05/29

ミリイ・バラキレフ

ロシア五人組のまとめ役でした。元々はサンクトペテルブルク大学で数学を専攻、その後グリンカと出会い、その影響下に集合したのが五人組です。

05/28

ルイジ・ボッケリーニ

チェロのヴィルトゥオーゾでした。イタリア語のVioloncelloは「小さな大きなヴィオラ」という訳のわからない意味を持つ楽器ですが、レオポルド・モーツァルトは「かつては5弦であったが今は4弦しかない」「この頃は脚の間に挟んで支えられる」といっています。

05/28

レオポルト・モーツァルト

モーツァルトの父です。息子の才能を開花させ、世に知らしめたのが最大の功績でしょう。本人はザルツブルクの宮廷楽団で副楽長を務めていました。

05/28

アントニーン・レイハ

プラハで生まれ、ウィーンでサリエリなどに師事しました。ベートーヴェンと知り合いになり、同じオーケストラで演奏していたこともあります。

05/27

ニコロ・パガニーニ

「悪魔に魂を売り渡して」ヴァイオリンのテクニックを身につけた、といわれるほど、数々の伝説に彩られた音楽史上の大ヴィルトゥオーゾです。

05/27

ヨアヒム・ラフ

スイス人作曲家。バーゼルでリストの演奏に接し、感動したラフはリストの演奏旅行にくっついてドイツまで行ってしまいます。

05/25

グスターヴ・ホルスト

30歳頃からほぼ30年の長きにわたってセント・ポール女学校で音楽を教えていました。

05/22

リヒャルト・ワーグナー

10代の頃ベートーヴェンにあこがれて音楽家を志しました。当然交響曲も書きましたが、これはワーグナーの性格に合わないものでした。

05/22

ハンス・プフィッツナー

音楽的に保守的であるばかりでなく、政治的、社会的にも保守思想を持っていました。ヒトラーから重要な音楽家と見なされ、プフィッツナー自身も反ユダヤ主義に凝り固まっていました。

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