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今日の作曲家

05/12

ベドルジハ・スメタナ

スメタナが活躍していた頃のチェコはハプスブルク帝国の一部で、公用語もドイツ語でした。そのような中でチェコの国民的な音楽を作ろうと躍起になったのでした。

05/12

ガブリエル・フォーレ

フォーレが生きた時代は後期ロマン派が成熟し、調性がだんだんと崩壊し、やがて無調の音楽が出てくる頃です。

05/12

フランツ・アントン・ホフマイスター

ドイツ南西部で生まれ、法律を勉強するためにウィーンに出ました。しかしそこで音楽に転向。最終的にはウィーンでもっとも人気のある作曲家の一人となりました。

05/12

ジュール・マスネ

「タイスの瞑想曲」で知られるフランスのオペラ作曲家です。リヨンの近郊で生まれますが、父親の事業の失敗でパリに出てきます。

05/11

オットー・ニコライ

現在のウィーン・フィルを作った人です。ウィーン・フィルの団員は本職が国立歌劇場(当時は宮廷歌劇場)です。毎日、オペラや宮廷の行事のために演奏していたわけです。

05/11

アナトーリ・リャードフ

ロシアのサンクトペテルブルクで音楽一家に生まれました。ペテルブルク音楽院でリムスキー=コルサコフに学びますが、学業に熱心でなかったらしく、除籍処分になりました。

05/11

マックス・レーガー

若い頃徴兵された軍隊で身に付いた喫煙と暴飲の習慣が体を蝕んでいました。ライプツィヒ音楽院の教授や、ビューローやリヒャルト・シュトラウスも務めたマイニンゲンの宮廷楽団楽長を歴任しました。

05/10

ジャン=マリー・ルクレール

フランスではルイ14世の死後、国王の絶対的権力が揺らぎ、有力貴族やブルジョア階級が力を持ち始めます。

05/09

ディートリヒ・ブクステフーデ

デンマークで生まれ、ドイツの自由都市、リューベックで聖マリア教会のオルガニストとなり、名声を博しました。

05/07

ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー

初期ドイツ・バロックの作曲家です。シュトゥットガルト生まれですが、ウィーンで活躍しました。

05/07

フェリックス・ワインガルトナー

マーラーの後任としてウィーン宮廷歌劇場の音楽監督に就任しているなど、指揮者として有名です。

05/07

アントニオ・サリエリ

舞台や映画の「アマデウス」でさんざん悪者に描かれてしまったため、そうしたイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。

05/07

ピョートル・チャイコフスキー

ブラームスと誕生日が同じですね。独特の哀愁感と旋律、そして豪快なオーケストレーションが広く人気を得ています。

05/07

ヨハネス・ブラームス

遅れてきた大天才、でしょうか。後期ロマン派の時代になろうとしているのに古風な作風を押し通しました。

05/07

ノルベルト・ブルクミュラー

ピアノの教則本で有名なノルベルト・ブルクミュラーの弟です。兄以上に音楽の才能があると認められていました。

05/06

トマソ・アントニオ・ヴィターリ

父ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィターリの後を継いで、イタリア・エステ家の宮廷楽長に収まりました。

05/05

ミハイル・グネーシン

レニングラード音楽院やモスクワ音楽院でも教えていましたが、2人の姉妹と設立したグネーシン音楽院が主な活動の場でした。

05/05

ハンス・プフィッツナー

ドイツ人ですが、ロシアのモスクワで生まれました。父親がオーケストラのヴァイオリニストだったからです。

05/04

エーミール・フォン・レズニチェク

オーストリア=ハンガーリー二重帝国の時代にウィーンで生まれた、チェコ系の貴族です。今ではすっかり忘れられていますが、生前はニキシュやマーラー、リヒャルト・シュトラウスなどの指揮によって盛んに取り上げられました。

05/03

ジョルジェ・エネスク

大ヴァイオリニストですが、交響曲を含む大管弦楽曲、自らも演奏したピアノ曲など、多岐にわたって作品を残しています。

05/03

ハインリヒ・ビーバー

バロック音楽が単調でつまらない、と思っている人、必聴です。例えば「戦闘(バッターリャ)」という曲は戦いの様子が描かれますが、戦闘シーンではチェロとコントラバスによるバルトーク・ピッツィカート(弦を指板に打ち付ける奏法)で砲弾が行き交う様を表現します。

05/03

ニコライ・チェレプニン

「チェレプニン賞」で日本の作曲家を世界に知らしめようとしたアレクサンドル・チェレプニンの父親です。

05/02

アレッサンドロ・スカルラッティ

シチリア島で生まれ、ローマに出て音楽の勉強をしました。10台終わりに作曲したオペラが、退位してローマに滞在していたスウェーデンの女王に気に入られ、宮廷楽長に取り立てられました。

05/02

ジャコモ・マイアベーア

ベルリンの裕福な銀行家の家庭に生まれ、ベルリンで学びましたが、イタリアでロッシーニのオペラに接してオペラ作曲家を志すようになりました。

05/01

アントニン・ドヴォルザーク

「ワーグナーが嫌い」「ブラームスが苦手」という人がいても、「ドヴォルザークはちょっと」という人はまずいないのではないでしょうか。

05/01

アラム・ハチャトゥリアン

プロコフィエフやショスタコーヴィチとともに、ソ連を代表する作曲科です。しかし、ハチャトゥリアンはグルジアの首都トビリシで生まれたアルメニア人で、コーカサス地方の民族音楽を取り入れた、独特の作風が特徴です。

04/30

ヘンリー・ローリー・ビショップ

「埴生の宿」という唱歌がありますが、イギリスの民謡だ、と思っている人も多いのではないでしょうか。これはビショップのオペラ「ミラノの乙女」の中で歌われるアリアなのです。

04/30

フランツ・レハール

ドイツ人の両親のもと、ハンガリーで生まれました。プラハ音楽院ではドヴォルザークに学びました。

04/29

マンフレート・グルリット

ベルリンの文化的で裕福なユダヤ系の家庭に生まれました。ブレーメンやベルリンの歌劇場で活躍しましたが、ナチスから頽廃芸術であると認定されてしまったため、それを挽回しようとナチスに入党してしまいます。

04/27

アレクサンドル・スクリャービン

モスクワ音楽院でラフマニノフと同級で、よきライバルでした。ピアニストとしてはむしろスクリャービンの方が将来を嘱望されていたようです。


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